未分類

週3徹夜のブラック起業から月商7桁起業へのストーリー

週3徹夜のブラック起業から月商7桁起業へのストーリー

こんにちは!
佐竹なつみです。

私は現在、
オンライン講師の「想い」と顧客の「欲しい」が重なり
指名買いが起きる両想い集客を設計する専門家として

毎日のSNS発信と起業の迷いをなくすサポートをしています。

集客の生産性を上げ、積み上がるビジネスへ

ビジネスを始めたとき、多くの人が壁にぶつかります。

「やりたいことはあるのに、発信とお申し込みがつながらない」
「家庭や暮らしも大事にしたいのに、ビジネスを優先すると生活が崩れる」
「周りの起業家が成果を出している一方で、自分だけが空回りしている焦燥感」

一番つらいのは「できない自分」そのものではなく、
自分の想いや信じている価値が伝わっていく感覚がない=自分に価値がない、と感じることです。

成果が出ないのは、あなたの価値が低いからではありません。
その想いに蓋をしないでください。

1投稿で人生が変わる

ここで少し私の話をさせてください。

私は小学生の時に「デザイナーになりたい」という夢を持っていました。

けれどもその時住んでいたのは神奈川の山奥の田舎で
デザイン事務所もない、デッサン教室もない、
デザイナーという職業の人を見たこともない、そんな状況でした。

どうすれば夢が叶うのか?
全くわからない中

イラストレーターさんがブログで
自分の絵を発信しているのを見て、とても衝撃を受けたんです。

「誰にも見せる機会がない」と思っていた私の目の前に
「こうすれば世界中の人に見てもらえるんだよ」とまさしく体現していたのが、その1投稿。

どこにいても、自分の作品、想いを発信できる!
悩んでいたことが一瞬で解決しました。

私もあの時のイラストレーターさんの1投稿のように
誰かの希望となる1投稿を届けたい。
そう思って活動をし続け、今があります。

個人の想いが人に伝わることで価値が生まれ
「ビジネス」へと昇華し事業が育っていく。

今では、仲間と共にビジネスを磨き
時にはダイビングを楽しんだりと
とても充実した起業生活を送っていますが

私の起業の道のりは、平坦ではありませんでした。

緊急入院がきっかけで起業

私が本格的に起業スタートしたのは7年前。

産後、会社員として
時短勤務をしていた時から始まります。

長女がちょうど3歳になるかなというときに

川崎病で緊急入院しました。

川崎病は
体の免疫機能が暴走してしまい
自分の体を攻撃してしまう病気です。

心臓疾患など、重い後遺症が残る場合もあり
なぜ川崎病になるのか、
原因はまだわかっていません。

当時のことは、今でもリアルに覚えています。
熱で近所の小児科に行ったら

「ここでは治療ができないから
一刻も早く大きな病院に行ってください!」

と、救急車が来る時間も惜しいからと
先生がタクシー呼んでくれて、即入院でした。

そこから一週間入院し、
24時間点滴を続けていったんは熱は下がったんですが

原因がわからない病気ではあるので治ったとは言い切れず

いつまた熱が出るかもわかない…
後遺症が出るかもわからない…

もともとすごく体が弱くて
川崎病以外にもアレルギーや喘息もあったので

入院以降は週3日の通院生活でした。

だから会社員として働くのは、
もう無理だって思ったんですよね。

けれども

仕事を辞めることはできなかったんです。

その時私は
一家の大黒柱だったので
収入を落とすことはできなかったんです。

だから、起業をしました。

根性論の限界で見つけたもの

そうは言っても現実は
ただ投稿をすればうまくいくわけではない。

会社員をやりながら
まずは副業でビジネスをスタートして

いろんなことやりました。

親子向け教室や
ブロガーや、Webライターや、
コーチングの資格を取ったりと

最初月500円だったの副業の収入を
月15万までなんとか上げていきました。

当時は、
子どものことも、会社員も、起業も

全部ひとりでやっていました。

ママとして、子どもの面倒を見なきゃ
大黒柱として、収入を上げなきゃ

ブログを毎日3記事書いて
低単価商品を毎日何個も納品して

手を止めると収入が途絶えるので
必死で仕事するしかない状態。

そのうちに

睡眠時間がなくなり…
お風呂に入らなくなり…
食事を取らなくなり…

週3日徹夜の生活が1ヶ月続いたところで、

とうとう倒れました。

帯状疱疹という
ストレスと過労が原因の病気になり
顔から肩にかけて半身が腫れて激痛。

お風呂も着替えも無理で
一週間ほぼ寝たきりになりました。

その時、布団で安静にしながら

あ、これ私このままじゃ
幸せになれない

って、思いました。

今の生活のままじゃ

収入を増やそうと頑張れば頑張るほど
休みも睡眠時間も無くなる

子どもたちの健康を願いながらも
私の方が倒れている…。

時間を、切り売りしながら働いていたら

いつかぷつっと糸が切れて
ほんとにそのまま人生が終わっちゃう

と、体の方が教えてくれたと思いました。

そこから自分と家族が本当に幸せになるための
収入のつくり方を探しました。

幸せになるために、本音で向き合った起業

私が変われたきっかけは
ビジネスの師からかけてもらった言葉でした。

「思いっきり夢想して夢を描くこと。」

当時の私は、何でもできる自分を見せようと焦り
あれもこれもと手を広げ作業が増え、時間に追われ

心が枯渇した結果、
似たようなノウハウ投稿ばかり、自分の想いに蓋をして
紡ぐ言葉がどんどん痩せていって薄っぺらになっていたんです。

私の1投稿が、誰かの希望となる。
「1投稿で人生が変わる」

もちろん起業は大変なこともあるけれど
私はこの希望を信じて届け続けていく。

忘れかけていた“ほんとう”の想いが原動力になり、
言葉、発信が変わったことで

AIにとって変わられる、ただの「ノウハウ提供者」から抜け出し

とことんタスクを削ぎ落とし

成果が出ることだけを
迷わずできるルーティンにして
その1ヶ月後、はじめてのセミナー開催!

3ヶ月で270万の売上

を作ることができました!

何より、私自身の「本音」で語る生きた言葉が、
お客様に届き始めたのです。

時間を切り売りするビジネスを辞めたら…

徹夜をすることがなくなり、
会社員を辞めることもできて

仕事時間は半分になりながらも収入は増える

そんな起業が実現したんです。

そこから新たな夢も見つかりました。

未来を見て、とことんリアルに
言葉にしていった先で出会えたのは

「渡り鳥のように自由に日本中を飛び回るライフスタイル」

という夢です。

長女が体が弱いこともあり
私はこれまで旅行や1人の時間を
あきらめてきました。

けれども本当は、
子どものためとはいえ、私は

自分の夢を諦めきれなかったんです。

夢が叶い始めた実感

それまでは、
私一人で出かけるなんて考えられませんでしたが

今は、ライブに行ったり
一人旅に行ったりが当たり前になりました。

東京から地方へ移住し、
本当に渡り鳥のような
感覚が家族の中にも育ってきて

夢が叶い始めた実感を持てています。

今、目の前に壁があっても
「できない」じゃない
「できている途中」です。

未来を見て
こんな世界を作りたい!と
夢をイメージし始めたら

それが起業の始まりです。

起業って、一人じゃなかなか難しい。
過去の私もそうでしたから。

1人で抱え込んでも解決策は見えてこない。

だからこそ、
これまで積み重ねたことやメソッドを

私からさらに多くの
起業家さんへと手渡していこうと
発信をしています。

睡眠時間や命を削ることなく
家族と一緒に夢を叶えていく起業は

起業初期からだって叶えらえるんです。

一緒に、本当に叶えたい夢に向かって
歩んでいきましょう!

メールマガジンでは
集客タスクを捨てて
365日ファンを増やすヒットルーティンを手に入れる!

私の起業の実践記録をお伝えしています。

メールアドレス ※必須
名前(姓)

起業は、一人でやらないのがコツです^^

私の成功体験も、しくじり体験も
全部シェアしているので

ぜひ参考にしてみてくださいね!

-未分類